●200811(U)_Cash is King(手元現金残高で差がつく局面)
一時期(というより、この金融恐慌が起きる前は普通に)、キャッシュリッチな会社に対して、株主(アクティビストな、ファンドらを中心に)が再投資を行うか、または、配当せい!と主張した。日本の会社及び株主・銀行のほとんどは、資本コストを考慮に入れていなかったから、手持ちのキャッシュをわんさか持っていても、それをファイナンス的に問題にすることは少なかったといわれている。
そして、昨今、(アクティビスト的な)外資系ファンドが株主として日本企業に投資をするようになり、会社は大きなファンドと見立てられた。企業は、その運営の効率性の追求を促されて、無駄を排除するように株主から要求された。その一つが、キャッシュの処分だった。
企業は、株主・金融機関から資金調達を行い、その要求利回りを超える資金運用を行う必要があると言われている。
企業全体に要求される利回りは、株主と金融機関それぞれの要求利回りの加重平均として計算される(WACCと呼ぶ)。彼らはそれぞれ提供した資金のリスクが違うために、数値が違うから。株主であれば、要求すると考えられるコストであり、金融機関であれば、設定された利率がそれにあたる。
会社は、資金調達した資金を運用する必要がある。ただ持っているだけでは、その会社に資金を提供した株主たち・金融機関たちの金が死んでいることを意味している。単に、銀行に預けた方が利息分だけお徳だよ、と。そういう議論。
だからこそ、キャッシュリッチといって、キャッシュをあまらせている会社は、特に株主にとっては不満の対象になる。したがって、あまったキャッシュを使って、WACC以上の投資を行うか、それができないのであれば、配当として返してくれ。という要求をすることになる。
こういった、ファイナンス理論がちがちの前提に基いて、経営を行うと、当然、手持ちのキャッシュは薄くして、必要があれば、何らかの形で外部から資金調達を行うというサイクルの中に身を置くことになる。至極当然の行動のように見えるし、自分はそれが善とすら思っていた。
(友人に紹介されて読んだモモの灰色の人たち(利息の話)を読むとそもそも、利息中心の資本主義には?となって、ちょっと気分が重くなるけど、その話はさておき)
しかし、現在。世界はめちゃくちゃなことになっている。
こんなとき、キャッシュが手元にある会社が強い。一般的に信用収縮といわれている局面では、柔軟な資金調達ができなくなってしまうと言われているから、こういうときこそ、M&A、設備・人的投資をダイナミックを行いたいと考えていたとして、同じように自社事業が手堅い業績を残していたとして、打ち手の実行可能性に大きな影響を及ぼすのが、手元のキャッシュ残高になるという。
これは、僕にとって驚きだった反面、実際、肌感覚で言えば、納得できる話でもあるよな。。。
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