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2008年11月30日

●200811(Xからの投稿)_実家に帰還した宇宙船(27)

 昨今の金融不安の影響で生産調整を行ったり、設備投資実行を先延ばしにしたりする企業が増えてきた。僕も、事業縮小ということで、実家に戻ることにした。というより戻ってきた。社会人になって、3度目の引っ越し先は実家だった(笑!)。
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 地球が実家で、一人暮らしの家が他の惑星だとして、僕はその回りを回る宇宙船。また、離れるときがくると思うけど、そのときに勢いよく飛び出せるように、地球の回りをグルグル、丁寧に回ろうと思う。 既に引っ越しは住んでいるんだけれど、本棚やクローゼットの中の整理はまだまだ終わっていない。年内には終わらせて、グルグルを始めたい。

2008年11月26日

●BEN081125「4つの波×3年でどこまで行くの?」

【3つの結婚式】
1)11月15日「部活の先輩の結婚式」
テーマ:いつも隣に幼馴染
役目:2次会ビデオの企画撮影編集
一言:ビデオ作りで親友の旦那と仲良くなれて嬉しい。

2)11月22日「学生時代からの友達の結婚式」
テーマ:新郎の号泣
役目:2次会ビデオの企画出演、当日のカメラマン
一言:新郎の男泣きに感動、いい仲間に囲まれてる奴はいい奴なんだ。

3)11月24日「同期の結婚披露パーティー」
テーマ:ウェディングワールドツアーin TOKYO
役目:45秒ものCMの編集、当日のカメラマン
一言:最初から最後まで完全な新郎新婦がエンターテイメントってスゲー、これも仲間あって

本当にどいつもこいつも素敵なカップル
そして、その企画力やら、仕切りの力が半端ない
そして凄いのが、それぞれ、個性的、カップル二人を投影した素晴らしい会
個人にもブランドはあって、それが色濃く出る瞬間が結婚式なんだなーと思う。

【ビバっ!料理】
家での料理ってすばらしい。
家料理はかなりクリエイティブです
家料理はコストが安い
家料理はプロセスも楽しい

【2009年になることがちょっとドキドキします】
中長期計画(3年)の初年度となる2009年。そのスタートラインに立つ事がワクワクする反面、ドキドキします。やり遂げられるかはその計画にもかかっているので、今年はこの計画作りに時間を掛けます。もちろん自分のリズム(4つの波)を大事にしながら計画して、実効性の高い中長期計画を作って行きたい。

そしてもうひとつのドキドキ、それはスリランカ渡航、テロ勃発中。。。かなり危険度は高いことが最近分かってきていてちょっとこれからの検討を要しますが、インド色、オランダ色、イギリス色、仏教、イスラムなどさまざまな異文化が混ざり合って出来ているスリランカにドキドキワクワクしています。スリランカは“光り輝く国”という意味がある。どんな光が待ち受けているのかはいってみてのお楽しみ。

●BEN081125「4つの波×3年でどこまで行くの?」

【3つの結婚式】
1)11月15日「部活の先輩の結婚式」
テーマ:いつも隣に幼馴染
役目:2次会ビデオの企画撮影編集
一言:ビデオ作りで親友の旦那と仲良くなれて嬉しい。

2)11月22日「学生時代からの友達の結婚式」
テーマ:新郎の号泣
役目:2次会ビデオの企画出演、当日のカメラマン
一言:新郎の男泣きに感動、いい仲間に囲まれてる奴はいい奴なんだ。

3)11月24日「同期の結婚披露パーティー」
テーマ:ウェディングワールドツアーin TOKYO
役目:45秒ものCMの編集、当日のカメラマン
一言:最初から最後まで完全な新郎新婦がエンターテイメントってスゲー、これも仲間あって

本当にどいつもこいつも素敵なカップル
そして、その企画力やら、仕切りの力が半端ない
そして凄いのが、それぞれ、個性的、カップル二人を投影した素晴らしい会
個人にもブランドはあって、それが色濃く出る瞬間が結婚式なんだなーと思う。

【ビバっ!料理】
家での料理ってすばらしい。
家料理はかなりクリエイティブです
家料理はコストが安い
家料理はプロセスも楽しい

【2009年になることがちょっとドキドキします】
中長期計画(3年)の初年度となる2009年。そのスタートラインに立つ事がワクワクする反面、ドキドキします。やり遂げられるかはその計画にもかかっているので、今年はこの計画作りに時間を掛けます。もちろん自分のリズム(4つの波)を大事にしながら計画して、実効性の高い中長期計画を作って行きたい。

そしてもうひとつのドキドキ、それはスリランカ渡航、テロ勃発中。。。かなり危険度は高いことが最近分かってきていてちょっとこれからの検討を要しますが、インド色、オランダ色、イギリス色、仏教、イスラムなどさまざまな異文化が混ざり合って出来ているスリランカにドキドキワクワクしています。スリランカは“光り輝く国”という意味がある。どんな光が待ち受けているのかはいってみてのお楽しみ。

●200811(Xからの投稿)_あさらん(31)

 11月朝7時、2ヶ月ぶりのジョギング。
 忙しい、時間がない。だから読書ができない、ランニングができない、勉強ができない、遊べない。そんな状況が続いても、ふとモチベーションの波長(あまりに忙しくて自分の時間が侵されている!というネガティブな要因の波長でも!)と合って、ふと外を走り始めると、あぁ、できなかった理由は忙しくて、時間がなかったことじゃなくて、ランニングシューズが手元になかったことだったり、外が寒いことだったりのやれないことの小さな積み重ねを理由にした、優先順位の問題だったんだと感じる。

 ちょっとしたきっかけで走ってみると、走らなかった正当な理由なんて、あまり見当たらない。

 2ヶ月ぶりの外の空気は冷たくて、手がかじかむけれど、それを少しだけ我慢して、朝日になるべく当たれるようなコース取りで、走り始めるとどんどん楽しくなる。

 2008年は残すところ1ヶ月あまり、今年はよく走った年だったと気持ち良く振り返られるように、ランニングを再開した。

2008年11月25日

●200811(Xからの投稿)_BS時価評価凍結の問題点は何か

 サブプライム問題の解決の施策のひとつとして、「BS時価評価を行なわない」というものがある。

 これは、2つの論点があって、ひとつが「時価評価の対象は何か?」。そもそも、議論のテーブルにのっかってくるBS項目はなんですか?という話。サブプライム問題の対象となるのは、一般的に「有価証券」であると想定されるから、もう少し噛み砕くと、会社が保有するどの有価証券を時価評価しない対象とするのか?ということになる。更に、もう一つの論点は「何を時価(取得原価)とするか?」。つまり、時価評価の対象が決まり、この有価証券を時価評価しようと思ったときに、どの(市場)価格で評価するのか?という話。特にサブプライムローンは、価格の決定が困難であるために、この有価証券を時価評価すべき、すべきでないという議論と同時に、価格をどうやって決めますか?という議論も同時になされる必要がある。

 なぜ、BSを時価評価する必要があるのか。サブプライムローンとは、何か?サブプライムローンをどのように評価すべきかという話に繋がっていく。

1)期末時点でなぜBSの一部を時価評価する必要があるのか?
2)期末時価評価の問題点は?
3)サブプライムローンは何か?
4)サブプライムローンの時価評価凍結の問題点は何か?

続く。

2008年11月24日

●200811(Xからの投稿)_リースの新会計基準変更でリース会社の収益力は変わるか?

 2008年4月以降、リース会計の新基準が適用される。いくつか論点はあるが、会計上、目立つ論点は、借手の所有権外ファイナンスリース取引が従来は、賃貸借処理が認められていた一方で、新会計基準では、売買処理が原則となる点である。

 ただ、注目したいのは、貸手の処理だ。

2008年11月18日

●200811(Xからの投稿)_畑さ、耕す

 産業再生機構が出版した事業再生に関する本をいくつか読んでいる。タメになります。

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 千葉にサーフィンに行ったついでに畑を耕すってのは、どうだろうか。

 ナイーブかもしれないけど、昨今の金融危機で、「企業(ありきの)活動」の意味や目的がよく分からなくなってしまったところがある。多くの人が、「企業の目的は企業価値の最大化です」なんて、ファイナンス馬鹿の無邪気で、暴力的な言葉を振りかざして、思考停止に陥るなんてやってはいけないって思ったんじゃないかな。でも、企業活動の目的として、何が正しいんだろう?って、考えても、そもそも何が問題なのかもよく分からなかったりする。
 会社の仕事で、企業価値を最大化することを論理の頭に置いて、それを細分化して、トップラインを伸ばす、利益率を向上させる、原価を削減する、業務を効率化する、、、知的体操としてはすごく刺激があり、楽しく思う。でも、なんだろう。もやもやしたものが、心に残る。
 
 2001年9月12日、同時多発テロの翌日、大学生としてCPAの勉強真っ只中。そのときも、頭を中心とした生活をしていて、自分は何をやっているんだろうか、と予備校の自習室で、テキストを拡げてボンヤリしていたことを思い出す。

2008年11月10日

●200811(Xからの投稿)_虫の目鳥の目(課題と大いなる疑問)

 今目の前でやっている分析と、大きな流れの中での位置づけ、その両方の視点があるかないか、その視点を語ることができるか、できないかで、目の前の分析(仕事)の意味が大きく変わってくる。虫の目と鳥の目の話。
 例えば、ファイナンスの話でも、目の前の一企業の話に終始しているのか、それとも、それを取り巻く大きな流れの話まで踏み込めているのだろうか?という話ということ。ROICの話だけをしているの?それとも、そこから株主たちが会社に要求していたことの変遷を意識するの?という話だ、例えば。そして、この虫の目、鳥の目の話に加えて、自分の肌感覚をエッセンスと加えることが、いつできるようになるのだろうか?いつ、本に書いてあったことじゃなくて、自分の言葉で語ることができるようなるのだろうか?という大いなる疑問がそこに加わる。

  とりあえず、仕事が入ってくるか入ってこないかわからないが、そういう2つの視点が持てる仕事ができるポジショニングが取れたらいいなと思う。

 んでもって、いい加減、風呂に入って寝ようと思う。

●200811(Xからの投稿)_ROICは何と比較すべきか

 企業分析のときに、議論にあがるのが、何らかの指標(定量情報)を算定した後の評価の話だ。
 評価には、3つある。先日は、ROICの話が出てきて、じゃあ、どうやってこれを評価しようという話になった。
 1)時系列比較
 2)事業間比較
 3)他社比較
 と話が出てきた。最後に
 4)WACCとの比較
 1から3はROIC同士の比較。4はコーポレートファイナンスの話。算定に当たって、WACCを議論に含めると、βの話など、変数が多くなるので、結論を出すに当たっては危険といえば危険。なら、1から3で比べちゃうってのも、手といえば手だよね。

●200811(Xからの投稿)_ROIC

 会社を分析するとき、様々な指数があって、それを知るごとに自分が賢くなった気分になる。損益系計算書だけを見て、売上総利益率、営業利益率。貸借対照表を絡めて、ROE(株主資本利益率)、ROA(総資産利益率)を始めとして、様々な指数がある。
 そんな中、個人的に、最も感動した指数はROIC(投下資本利益率)だ。(そんなもんに感動すな、という話もあるけど)先ほど書いた、コーポレートファイナンスの話(DCF)に繋がるところの接点が、とてもゾクゾクする。
 (DCFの基本は、分子と分母。分子のキャッシュ(フロー・利益)と分母の割引率の2つ。で、分子の話がこれから出てくる話で、分母の話は、WACCの話。)

 企業は、WACC(加重平均資本コスト)を超越する利回りでキャッシュを運用することを資金提供者に求められている。したがって、経営を図る上でも、最終的にはそこを問われなければならない。利益率が高くても、資産効率性が高くても、それだけでは、資金提供者の(ファイナンス的な)要求に応えたことにはならない。なぜなら、利益率だけでは、投下資本の話が入ってこず、何を使って運用したんですか?という話がない。ROE、ROAも惜しいけれども、双方共に算定に使う利益は当期利益というのが事業性評価を行うにあたっては使いづらいと言われている。事業性を評価するには、経常損益・特別損益を除いた営業損益で評価する必要がある。しかし、ROE・ROAは、経常損益・特別損益を含めた利益なので、事業性評価するにあたっては厳密!に言うと不向きと言われている。
 では、そのWACCを超越したことを何で図るか?それに当たるのがROIC(投下資本利益率)※1ということになる。
※1)ROIC=税引後営業利益/投下資本(※2)
※2)投下資本=株主資本+有利子負債
 ROICであれば、使っている分母・分子ともに事業に必要な投下資本(分母)、その結果の税引後営業利益(分子)がWACCの考え方と整合するため、比較が可能になる。加えて、企業価値評価のDCFの考え方にも整合する。

 で、資金提供者の(ファイナンス的な)要求に応えたことになるのは、ROIC>WACCになったときである。

●200811(U)_Cash is King(手元現金残高で差がつく局面)

 一時期(というより、この金融恐慌が起きる前は普通に)、キャッシュリッチな会社に対して、株主(アクティビストな、ファンドらを中心に)が再投資を行うか、または、配当せい!と主張した。日本の会社及び株主・銀行のほとんどは、資本コストを考慮に入れていなかったから、手持ちのキャッシュをわんさか持っていても、それをファイナンス的に問題にすることは少なかったといわれている。

 そして、昨今、(アクティビスト的な)外資系ファンドが株主として日本企業に投資をするようになり、会社は大きなファンドと見立てられた。企業は、その運営の効率性の追求を促されて、無駄を排除するように株主から要求された。その一つが、キャッシュの処分だった。

 企業は、株主・金融機関から資金調達を行い、その要求利回りを超える資金運用を行う必要があると言われている。
 
 企業全体に要求される利回りは、株主と金融機関それぞれの要求利回りの加重平均として計算される(WACCと呼ぶ)。彼らはそれぞれ提供した資金のリスクが違うために、数値が違うから。株主であれば、要求すると考えられるコストであり、金融機関であれば、設定された利率がそれにあたる。

 会社は、資金調達した資金を運用する必要がある。ただ持っているだけでは、その会社に資金を提供した株主たち・金融機関たちの金が死んでいることを意味している。単に、銀行に預けた方が利息分だけお徳だよ、と。そういう議論。

 だからこそ、キャッシュリッチといって、キャッシュをあまらせている会社は、特に株主にとっては不満の対象になる。したがって、あまったキャッシュを使って、WACC以上の投資を行うか、それができないのであれば、配当として返してくれ。という要求をすることになる。

 こういった、ファイナンス理論がちがちの前提に基いて、経営を行うと、当然、手持ちのキャッシュは薄くして、必要があれば、何らかの形で外部から資金調達を行うというサイクルの中に身を置くことになる。至極当然の行動のように見えるし、自分はそれが善とすら思っていた。
 (友人に紹介されて読んだモモの灰色の人たち(利息の話)を読むとそもそも、利息中心の資本主義には?となって、ちょっと気分が重くなるけど、その話はさておき)

 しかし、現在。世界はめちゃくちゃなことになっている。
 こんなとき、キャッシュが手元にある会社が強い。一般的に信用収縮といわれている局面では、柔軟な資金調達ができなくなってしまうと言われているから、こういうときこそ、M&A、設備・人的投資をダイナミックを行いたいと考えていたとして、同じように自社事業が手堅い業績を残していたとして、打ち手の実行可能性に大きな影響を及ぼすのが、手元のキャッシュ残高になるという。

 これは、僕にとって驚きだった反面、実際、肌感覚で言えば、納得できる話でもあるよな。。。

●200811(Xからの投稿)_出張中

 国内某所に出張中。狭いアパホテルでエントリーを書いている。
 狭すぎて、鏡台とPCデスクが一緒になっているから、ふと顔を上げると鏡に自分が写りこむ。最近、走っていないから、あごに肉がついてしまったことがよーくわかる。うほぉ。

 かばんの中には、めちゃめちゃ分厚い米国会計基準と、ブルーオーシャン日本版、その他コンサルタントの本。これから仕事で使う本と、今まで入っていた仕事の本。これから風呂に入って、少し読み進めてみることにする。言いたいことと言えることの狭間研究。

 なんだか、上手くものごとを続けることができるような、できないような。
 とりあえず、今年始めたことをしっかりやり切って、今年を締めくくりたい。レベル感が違いますが列挙。

 ・11月中にサーフィンに行くこと
 ・東京に帰ったら、走り始めること
 ・お勉強を再開すること(思考の仕方と議論の仕方)
 ・xxxxを再開すること
 ・清く正しく生きること
 ・掃除すること
 ・ファイナンスの計画策定すること
 ・忘年会すること
 ・xxxxを始めること
 ・進路を決めること
 ・来年の生活を考えること
 ・年末年始のホッコリする過ごし方を考案すること

 ではまた!

2008年11月07日

●200811(x man)_レポート作成上、よく起きること

 レポートを書くに当たって、視点が違えば、立ち位置が違えば、書く内容、書き方が変わってくる。でも、それにしても、気になることがある。

 レポートの上に書くことって、
 言いたいこと×言えること
 のちょうど交点だと思うんだけど、その交点を探るのに、どちらかに偏ってしまうことが多い。

 特に気になるのが、言えることに偏ってしまう状態。

 レポートを書くときに発生する問題をいくつか。
 
レポートにメッセージがないよ~No Message, No Life~
 レポートには本来、メッセージ、つまり言いたいことを書くはずなのに、言えることしか書いていない。これ、No Message。

(sub 1)そもそも言えることだけ書けばいいと考えられている
 これは、問題を問題として扱っていないという話。
 枠組みと個人の話があって、枠組みの話で言えば、もしかしたら、「言いたいことを書いてはいけないというルールがある」のかもしれない。また、それとは別に個人として、そもそも「別に言いたいこと書く必要がない」と考えてしまっているのかもしれない。
 この問題を問題として扱っていない、つまり、レポートには言えることだけを書けばいいんでしょ?と理解している前提に立てば、言えることをひたすら羅列したり、メッセージのない「~の概要」というサブタイトルをつけてしまうことも、生じてしまう。

(sub 2)言いたいことを書くために必要な構造への理解不足
 たとえ、言いたいことがあったとしても、言いたいことを書くにはどうすれば良いのか?という問いへの明確な答えを持っていないから、言いたいことが書けないのかもしれない。
 これには大きく2つ論点がある気がする。
 ・考え方(アプローチ)
 本来、言いたいことと言えること、行ったり来たりするところを、常に、言えることから始まって、言いたいことへ向かっていて、思考回路が一方通行の道路しかない。これでは、言いたいことにたどり着かない。また、これはないよな、と思うけど、言えることの羅列が言いたいことに繋がる(強運帰納法)と思っているのかもしれない。いや、それはないや。
 ・書き方
 言いたいことをタイトルにする書き方をしなければ、理解は得られないし、書いている本人も書いていることを構造的に理解できている訳ではないことになってしまう。。(~の概要、~の概況・状況とかとかのサブタイトル)

 といっても、こういった白紙の主張でも気にならないのは、やっぱり問題を問題として認識していないということだよね。だから、現場でもそのプロセス、レポート作成のプロセスに齟齬が起きるんじゃないかって、思うよ。ふー。