●20080305 U 勝手に内田ゼミというゼミナールに入った。
勝手に内田ゼミなる目に見えないつながりがあります。先日、僕は入会しました。
「勝手に内田ゼミ」は、目に見えないので、あると思えばあるし、ないと思えばない。
ない人には、2種類あって、ないと思っている人と、あるないという考えすら持たない人。
以前の僕は、あるないという考えすら持たない人でした。
ちなみに、ある人には、1種類しかなくて、あると思っている人しかいない。
先日、僕は、この類の人になりました。
今日、あなたは、この文章を読んだ瞬間に、あるないという考えすら持たない人になれなくなりました。選択を迫られることになりました。果たして「勝手に内田ゼミ」はあるのか、ないのか。
内田樹さんの本を10冊以上大人買い。テーマごとではなく、著者を軸にしてのこの冊数は初めてでした。その中で、昨日から内田樹の「寝ながら学べる構造主義」をちょいちょい読んでいます。暇なんで。
ちょいちょい感想を書いてみます。
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[発言を定義する]
なぜだか「発言」を考えて、感想を捉える。
「発言」は、それ自体、その前後で次のような作用を起こすもの。
・ 知らないことが多いと思うと、しゃべることに臆病になる
・ 自然に行っていた今までの行動を言語化されるというのは心地良い
・ 自分自身・他人の発言の裏側にある本当の発言理由が気になってくる
言葉の定義。言葉の定義。本でも最初の章では言葉の定義。レポートでも言葉の定義。
言葉を使うときは言葉の定義。
私、この言葉の定義を理解しているんですか?と。
言葉の定義づけは、フレームワークを使って説明されると。
さらに言えば、どのフレームワークを使っているか?とフレームワーク内でどう位置づけられるか?と。
仕事だと、会計のフレームワーク、ビジネス分析のフレームワークと色々無意識的・意識的に使っているけれど、それ以外にもいろいろあります、と。日常生活の中での思考・行動の無意識・意識にフレームワークが潜んでいますよ、と。
現在過去未来というフレームワークで「発言」を理解しようとしてみる。
・発言それ自体:知らないことが多いと思うと、しゃべることに臆病になる
知らないことを知らない。なんか、大学の授業でやりましたよ、と。知らないことを知らない。
本の中の世界だけでなく、こんな人がいるとは知らなんだ、という友人に直面したことも衝撃&臆病になるものですよ、と。
・発言の後:自然に行ってた今までの行動を言語化されるというのは心地良い
無意識で行っていることが多いんだな、と。それを意識的、言葉化されるというのは、なぜか快感になるんだな。
・発言の前:自分自身・他人の発言の裏側にある本当の発言理由が気になってくる
その発言は、どのフレームを適用しているのか、そのフレームを適用した理由だとか、かなと。
発言理由は、色々ありますよ、と。
あと、最近は、体と頭、心についても興味深い。おじいちゃんみたいです。
特に、「お金は頭が欲するもので、体が欲するわけではない」というフレーズが、すごく印象に残っています。
最近、ちょいちょい走ってみていることも、関係しているのかもしれません。
という感じです。
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